なかむの日常

疑問に思ったことや感じたことを発信していきます

ヒッチハイク2

 シンガーソングライターにようやくご対面することになった。僕と一緒にヒッチハイクをした友達が僕に合わせたいと言ってくれたのと、僕も彼に会ってみたいという思いから、彼と出会うことに。出会っていきなり、自己紹介やゲームを始め盛り上がりが半端なかった。彼は素敵な笑顔で今日集まってくれた人々を楽しませようとしているのが伝わった。そして、ライブが始まるだが、最初はシンガーソングライターが自ら曲を選び歌っていたが、次からは皆さんからリクエストがあった、曲を歌ってくれるた。皆さんの十八番を参考に彼はリクエスト曲をすべて歌ってくれた。私の友達は三極も応募していたのは笑ってしまったが(笑)。彼の歌は魂がこもっており、自分の心にとても響く曲であった。僕の感性をものすごく刺激してくれた歌ばかり歌ってくれる。かれはライブで人の心を動かし活躍しているので、とても尊敬できるシンガーソングライターだなと思った。

 ライブ後は広島風お好み焼きを食べ、腹ごしらえをし、お好み焼き屋のマスターや他の人と共に少し談笑し、シンガーソングライター、ここからは十輝と呼ぶことにする。彼の家である、シェアハウスに泊まることになった。近所のスーパーでお酒を買い、シェアハウスでゆっくり語り合うことに。シェアハウスでは微奥の友達を始め、もう一人のカメラ好きである女性と熱い語り合いが始まった。大学での学びの事や、旅での出会い、これからなにをしていきたいなど、本音で腹を割り話し合うことになった。みんなの話を優しく耳を傾け、助言もしてくれた。彼はヒッチハイクで日本を一周し、国内、海外をはじめ多くの拠点で活躍しているという向上心が強く芯のある男である。

 2時ごろ就寝し、11時過ぎに起きて、一緒にこれまでヒッチハイクを行ってきた彼とは別れ、私は一人でヒッチハイクをし大阪へ戻ることになった。一人でのヒッチハイクはとても不安であった。友達はこれまでヒッチハイクをし、慣れているし、コミュニケーションを取るのが上手で、人と話すのが好きなやつだ。私は彼と正反対の人間なので、不安もあったが、一人で沼田PAまで向かい、そこから、ヒッチハイクを始めた。車も少ないし、ヒッチハイクのスケッチブックを見ても、すいません乗せることはできませんという合図を送ってくる。そんなとき、3人組の50歳くらいの男性3人が私に「どこまでいくんや、岡山までなら乗せてやるぞ」と声をかけてくれた。しかし、彼らはバイクで来ていたので、ヘルメットを持っていない僕はオートバイに乗ることは会出来なかった。少し時間が経ち、近畿ナンバーを探すことにした。何人かの近畿ナンバーを見かけて、声をかけたが、誰も無理といった感じであっさり断られた。堺ナンバーを見つけたので、恐る恐る声をかけてみるとあっさりOKサインを出してくれた。それも岡山や広島といった、近い場所でなく大阪まで送ってもらうことになった。最初は吹田を希望したが、少しきついと言われ西宮名塩までなら大丈夫と言ってくれた。そこで僕は茨木でもいいですよと言ったところ、彼は大阪の茨城まで乗せても大丈夫と言ってくれたので、私はとても喜んだ。友達から、沼田PAは車を捕まえるのに3時間かかると言っていたが、今回は何と運がよくノンスポットで車を乗せてくれる人がいたという素晴らしい人に巡り合えた。23歳、年齢で言えばぼくの二つ歳上という少年。彼は広島まで親友からバイクを借りににやってきたという。実家は大阪の高槻市で、現在は京都で仕事をしているという運送会社で努めている人であった。彼は、博識で何でも知っている、大阪はもちろんだが、他の地域の事も詳しい。結構休暇が取りやすい会社らしく、」長期休暇で新潟から秋田まで、バイクで行き、北海道を一周したりと僕と同じで旅月なアクティブな人だった。

 今回のヒッチハイクは本当にいい機会になった。いろんな価値観に触れることだし、乗せてくれた人は一人ひとり個性が違うが、結構共通していたのが、みんな旅月だということである。どの人も一人であちこち行っている人が多いと感じた。ヒッチハイクってすごい。何故なら、普段自分が出会わないような人と出会えるし、意外な共通点があり、はっと驚かされる出会いもある。縁ってやはりすごいなーと思った。一人一人、今回であった縁を大切にして、今度は自分がヒッチハイクをしている人がいれば、自分が今度は恩返しとして乗せてあげたいと思う。

 最後に本当に素敵な2日間を過ごすことができました、旅の出会いに感謝。この言葉で閉めたいと思います。